橋本健二の読書&音楽日記

日々の読書と音楽鑑賞の記録です。

エッセイ・評論

小林信彦『黒澤明という時代』

今年の三月に文春文庫から出たが、原著は二〇〇九年。黒澤明の全作品を同時代に観た著者が、自分史と戦後史を重ね合わせながら、これら全作品を論じていく。ちなみに最初の作品である「姿三四郎」を観たのは、一〇歳の時だという。著者は笠原和夫を引きなが…

松山巌『路上の症候群』

「松山巌の仕事Ⅰ/Ⅱ」という副題付きで、二〇〇一年に出版された二巻本の一冊目。著者は東京芸大の建築学科を出て、建築事務所を営んだ後、文筆業に転じた人。いちばん有名な著作は、『乱歩と東京』だろうか。そのため建築論・都市論のイメージが強いが、小…

川本三郎『時には漫画の話を』

久しぶりに、読書&音盤ブログを再開。といっても続くかどうか保証の限りではない。 川本三郎は漫画にも詳しいが、おそらくこれまで、漫画だけを扱った単著はなかったはず。これが初めての漫画評論集ということになる。さまざまな雑誌に書いた文章を集めたも…

日本エッセイスト・クラブ編『'10年版ベスト・エッセイ集』

日本エッセイスト・クラブが毎年、さまざまな新聞・雑誌に掲載されたエッセイから五〇編程度を選んで編むベスト・エッセイ集。今年は二次にわたる予選で一二〇編の候補作が選ばれ、最終的に五一編が掲載されている。 出版社からの掲載依頼で驚いたのだが、私…

斎藤美奈子『文学的商品学』

何度も書くが、私が逆立ちしてもかなわないと思っている書き手の一人が、斎藤美奈子。博識で毒舌。才気走った文体。毒舌以外、とても太刀打ちできない。本書は、この著者としては久しぶりという文芸評論だが、タイトルにある通り、「商品」に着目している。…

高見順『敗戦日記』

高見順は膨大な量の日記を残したが、このうち1941年1月から51年5月までの日記が『高見順日記』全8巻9冊として刊行されている。さらにこのうち、1945年の分を編集したのが、本書。元の日記が、この版では大幅に省略されている。途中に挟み込まれた新聞・雑誌…

川本三郎『きのふの東京、けふの東京』

『東京人』、『荷風!』、『東京新聞』。これは東京論三大メディアともいうべきもので、私はいずれも愛読している。この三つに共通の常連著者、というより看板著者の一人が、わが敬愛する川本三郎。川本には多数の著作があるが、本書はそのなかでも出色とい…

川西玲子『映画が語る昭和史』

私が日本映画でいちばん嫌いなのは、女性のレイプシーン、そして女が男に理由もなくすべてを捧げるシーンである。評判のいい映画でも、こういうシーンがあると分かっている場合には、見る前に気が重くなる。こんな感覚を持つ人はいないのかと思っていたら、…

池内紀『東京ひとり散歩』

『中央公論』に連載していたエッセイを中心に、『東京人』に書いた二篇を加えてまとめたもの。池内紀センセイが、兜町から霞ヶ関、向島、両国、浅草など、都内各地を散歩しては歴史と大衆文化、そして最近の世相に思いをめぐらす企画である。 もとより、中公…

鴨下信一「ユリ・ゲラーがやってきた:40年代の昭和」

著者には『誰も「戦後」を覚えていない』と題して昭和20年から30年代までを論じた三冊の著書があり、同じく文春新書として出版されているが、これはその最新刊。テーマは、40年代である。昭和ブームだとはいえ、もう40年代までがノスタルジーの対象になった…

斎藤美奈子『誤読日記』

斎藤美奈子は、私が逆立ちしてもかなわない、と常日頃から感じている著者の一人である。 本書は『週刊朝日』と『AERA』に連載された書評をまとめたものだが、通り一遍の書評集とは訳が違う。タレント本やノウハウ本、中高生向け恋愛小説、三流ビジネス本など…

平岡正明『昭和マンガ家伝説』

平岡正明が亡くなった。私がこの名前を知ったのは、一九七二年の『あらゆる犯罪は革命的である』によってだが、犯罪と反体制を無関係な、それどころか対極のものと考える潔癖左翼の発想から解放されるのに、この本のタイトルは(ほとんどタイトルと目次だけし…

川本三郎『今日はお墓参り』

田中絹代、有吉佐和子、成瀬巳喜男、長谷川利行、森雅之、芝木好子など、昭和文化を彩った十八人を取り上げ、その墓を訪問することを縦糸に、それぞれの短い評伝を一冊の書にまとめ上げるという、何とも心憎い企画である。 川本三郎の著書を読むときにはいつ…

古川緑波「ロッパの悲食記」

古川ロッパ(緑波)は、戦前から戦後にかけて、エノケン(榎本健一)と並び称せられた喜劇役者。しかし、エノケンが生粋の役者だったのに対して、ロッパは華族出身のインテリで、演劇・映画評論なども手がけ、著書もいくつかある。膨大な日記を残しており、これ…

阿刀田高「松本清張を推理する」

阿刀田高は「松本清張小説セレクション」全36巻を編集しているくらいだから、その作品を熟知していることは間違いない。本書は新書サイズの作品論なのだが、タイトルに「推理する」とある通り、作品の成立に至った過程や、清張の意図についての推理があちこ…

小林信彦『東京散歩 昭和幻想』

小林信彦は仕事の幅の広い人で、小説(しかもユーモア小説と純文学にまたがる)、大衆芸術論・芸能論、エッセイと各分野に多数の著作がある。しかもエッセイの中には、東京論と分類できる一連の著作があり、これを一つの分野とみることもできる。 この本は、複…

永井荷風を読む3

これは、野口冨士男の編んだアンソロジーの下巻。テーマは東京論以外ということで、自分の生い立ちや身辺、文学者としての経歴について語ったもの、芸術論・文学論、性にかんする小論などを収めている。 とくに印象深いのは、2番目の妻で新橋の芸妓・八重次…

永井荷風を読む2

川本三郎編のアンソロジーは、エッセイだけではなく短編小説、そして「濹東綺譚」「つゆのあとさき」などの小説の抜粋も含めた、まさに入門的アンソロジーだが、野口冨士男の編んだこちらは、エッセイに絞って体系的に集めたもの。上下二巻に分かれていて、…

永井荷風を読む1

英国にいて、なぜこんなものを読むのかと思われそうだが、逆にいえば、日本にいるときは、他に読まなければならない本がたくさんありすぎて、なかなか読めないのである。どこか山奥の別荘でもあれば、読めるのかもしれないが、そんなものは持ち合わせていな…

小林信彦『映画×東京 とっておき雑学ノート』

エッセイを読むのは好きだが、リアルタイムで読むことは少ない。一般週刊誌や総合雑誌を毎回買うことはないし、単行本を買うのも、文庫化されてから、あるいは評価が出てきてからということが多いからだ。そもそも、身辺のことや文学・映画などについて書か…

鶴ヶ谷真一『書を読んで羊を失う』

博覧強記かつディレッタントだが、社会問題には一切関心を示さないという、あまり好きでないタイプのエッセイのはずだが、ここまでやられると脱帽である。 たとえば「筆名と異名」という一文では、筆名の付け方にもいろいろあるとして、たちどころに何十人も…

川本三郎『マイ・バック・ページ──ある60年代の物語』

これは、重い本である。 川本三郎は1969年、朝日新聞社に入社。ただし就職浪人だったため、採用が決まった68年夏からアルバイトとして勤務していた。アルバイト期間中に安田講堂の攻防戦があり、先輩記者に誘われて取材に同行するが、シンパシーを感じる学生…

川本三郎『あのエッセイ この随筆』

川本三郎は、ひとつのテーマにそって関係のある映画を次から次に紹介して論じていくというのをお得意にしているが、その随筆版とでもいうべきもの。 たとえば「ご飯好き」という一文では、阿川弘之、小島政二郎、子母沢寛、林芙美子、そして漫画の『孤独のグ…

紙屋高雪『オタクコミュニスト超絶マンガ評論』

私はときどき「橋本健二検索」というのをやる。Googleで「橋本健二」、これだと建築家の橋本健二さんが出てくることも多いので「橋本健二 階級」などと検索して、私に関する記事を探すのである。 いろんな記事を発見するのだが、先日見つけたのが「紙屋研究…

池波正太郎『おおげさがきらい』

著作集にも収録されなかった池波正太郎のエッセイを集めた5冊シリーズの1冊目で、1956年から67年までの文章を集めている。特にこの時期の著者に関心があるというわけではないのだが、表紙の写真の、著者に抱かれておとなしくしている猫の写真があまりにもチ…

コリン・ジョイス『「ニッポン社会」入門』

1992年から日本に住むイギリス人ジャーナリストによる、抱腹絶倒の日本論。持ち前のユーモアセンスと豊富な日本体験がもたらした、傑作エッセイである。 日本人もなかなか気づかない洞察もあり、たとえば日本語の男言葉と女言葉について「外国の女優の吹き替…