橋本健二の読書&音楽日記

日々の読書と音楽鑑賞の記録です。

都市論・東京論

『銀座と戦争』

平和博物館を創る会という団体が編集した写真集。一九三七年から一九四九年に撮影された銀座および周辺の写真が、三六四枚収録されている。冒頭に出てくるのは、南京制圧の戦勝記念パレード。市民は、屈託のない喜びようである。戦時色が強まり、服部時計店…

『私だけの東京散歩 山の手・郊外篇』

こちらは、続編。登場するのは、安部譲二、高橋洋子、渡辺えり子、戸川純、小中陽太郎、如月小春、嵐山光三郎など。葉山や熱海、鎌倉などの郊外もしくは別荘地にはあまり興味がないので、その分、読み飛ばす部分が多かったが、いい企画であることは間違いな…

『私だけの東京散歩 下町・都心篇』

一九九五年刊。もとは『週刊住宅情報』の連載とのこと。景気のいい時代には、こんな企画が成り立ったのだ。自分の住んでいる土地、あるいは思い出の地、憧れの地などを散歩するのは、春風亭小朝、高見恭子、荒俣宏、岸本加世子、村松友視、いとうせいこう、…

加藤佳一『一日乗車券で出かける東京バス散歩』

ふだん、あまりバスに乗ることがない。私鉄と地下鉄で用が足りているからだが、渋滞などあって時間が読みにくいというのも大きな理由である。しかし、東京の名所や施設を見物に出かけるのなら、いい乗り物だと思う。ただ、路線があまり頭に入っていないので…

安田武『昭和 東京・私史』

著者は一九二二年東京の巣鴨に生まれた。思想の科学研究会会長で、文筆家。本書は子ども時代から日米開戦までの、東京にまつわる思い出を綴ったものである。 印象深いのは、結核で若くして死んだ人々の思い出。とくに、幼稚園の柴崎先生、白木屋店員時代に若…

小林信彦『一少年の観た〈聖戦〉』

小林信彦は一九三二年生まれ。太平洋戦争から敗戦にかけての時期は、九歳から一二歳である。タイトルからは、その小林少年が目撃した戦時の日本を描いたもののように見えるが、実は大部分が当時観た映画にあてられている。ともかく、よく映画を観ているのに…

濱谷浩『市の音 一九三〇年代・東京』

濱谷浩は、一九一五年に生まれ、一九九九年に没した写真家。東京生まれの多くの写真家と同様、下町・下谷区車坂の生まれである。一九一三年生まれの桑原甲子雄とほぼ同時期に、同じ町で生まれたわけである。写真に民俗学的な視点を持ち込み、「日本常民の心…

松山巌『路上の症候群』

「松山巌の仕事Ⅰ/Ⅱ」という副題付きで、二〇〇一年に出版された二巻本の一冊目。著者は東京芸大の建築学科を出て、建築事務所を営んだ後、文筆業に転じた人。いちばん有名な著作は、『乱歩と東京』だろうか。そのため建築論・都市論のイメージが強いが、小…

桑原甲子雄『私の写真史』

桑原甲子雄という写真家は、その七〇年以上にもわたるキャリアを通じて、東京の姿を執拗に追いかけ続けた。何か独創的というわけではなく、ともかく継続の力を感じさせる作品群を残した。ここから何となく、インテリでも天才でもなく、職人肌の人物かと思っ…

小林信彦『日本橋バビロン』

小林信彦の三部作では、この作品だけ、途中まで読んで放置していた。改めて最初から通読。おそらく、三部作の中ではこれが最高傑作だろう。 「流される」は母方の祖父から説き起こされていたが、こちらは著者が二歳の時に亡くなった父方の祖父とその長男であ…

小林信彦『流される』

小林信彦には、戦中から戦後にかけてを中心とした自伝的作品が多い。これらには完全に小説の形をとったものもあれば、エッセイとして書かれたものもある。この作品は『東京少年』『日本橋バビロン』に続く「自伝的小説」三部作の完結編とのことで、事実を中…

前田愛『幻景の街 文学の都市を歩く』

前田愛の『都市空間のなかの文学』は、大著である上に、文学と都市それぞれのあまりにも細かな部分についての言及が多く、文学の素養のない私には読み切れない部分が多い。これにたいして本書は、著者自身の言によると前著が理論編であるのに対して実践編だ…

藤木TDC『場末の酒場、一人飲み』

著者は、私の命名するところ、「ヤミ市系ルポライター」である。ヤミ市起源の飲食店街や商店街、ほとんど廃墟と化したその名残などを、執拗に追いかける。たんに眺めるだけでなく、その歴史についても資料を渉猟する。本書は、その取材・研究の成果をコンパ…

大橋富雄(写真) 益子義弘・永田昌民(文・スケッチ) 『東京−変わりゆく町と人の記憶』

昭和ブームでいろんな写真集が出たが、その多くは昭和三〇年代から四〇年代を扱っていた。ところがこの本が扱うのは昭和五〇年代。私が大学生だった頃で、東京についての記憶も鮮明だ。こんな時代が、もう「歴史」として扱われるようになったのだろうか。 ペ…

松田奈緒子『スラム団地』

団地つながりで、マンガを一冊。福岡の団地で子ども時代を過ごした著者が、当時の思い出を綴ったコミックエッセイである。時代は一九七〇年代としか書かれておらず、著者の年齢も定かでないため、いつの出来事か正確にはわからない。しかし、小学校六年のク…

原武史・重松清『団地の時代』

都市や住宅と思想史を結びつける「空間政治学」を構想し、多くの成果を上げつつあるのが、原武史。対談の相手は、都市に生きる人々を温かい目で描き、団地を舞台とする作品も多い重松清。名コンビである。原の博識が、重松の柔軟な発想によって、絹糸のよう…

大橋隆『下町讃歌』

著者とは、近所の銭湯風カフェ「さばのゆ」で会った。その場で奨められて買ったのが、この本。帯に「京都生まれが東京の下町を好きになるとは珍しく、新鮮。しかも下町の魅力は居酒屋と銭湯にありというのだから、、うれしいではないか」と、川本三郎の推薦…

海野弘『東京風景史の人々』

著者は、近代都市文化史の第一人者といっていいだろう。原著は1988年で、長い間絶版だったが、少し前に文庫化された。税込み1100円という値段だが、その価値はある。 大まかにいえば、前半は個々の画家についての評論で、後半は多彩なテーマを取り上げたエッ…

田中哲男編著『焦土からの出発』

これも『TOKYO異形』と同じく、東京新聞の好企画。単に、戦争直後の記録写真を集めたというものではなく、ドラマがある。新聞社所蔵のもののほか、米空軍の元写真偵察部員が庶民を撮影し、のちに中部大学に託した写真、市民が所蔵していた写真などが多数収め…

森まゆみ『東京ひがし案内』

東京の山の手と下町の境界に位置する谷中・根津・千駄木を拠点とした地域雑誌『谷根千』を手がけ、エッセイストとして活躍する森まゆみさんの新著。文庫オリジナルの企画である。「谷根千」と、その周辺の水道橋・お茶の水・湯島・本郷・上野・白山・春日な…

東浩紀・北田暁大編『思想地図vol.5 社会の批評』

人気のシリーズ第5弾で、今回は社会学者が中心。私は「東京の政治学/社会学」と題して、原武史さん、北田暁大さんと対談しています。団地の政治的意味、東京内部の格差の動向などについて論じました。普通の選書2冊分のボリュームで、1400円。お買い得です…

『九段坂下クロニクル』

東京・九段下に、今川小路共同建築、通称・九段下ビルという建物がある。1927年の完成で、築後80年を超える長屋形式の耐火建築だ。戦前から戦後へと、多くの物語を育んできたに違いない建物だが、これを共通の舞台としたオムニバスマンガが本書。全四編。出…

東京新聞写真部編『TOKYO異形』

かつて東京新聞に「東京oh!」という連載があった。東京のありとあらゆる場所から、不思議な空間や意外な光景を探し出し、巧みな構図で切り取った写真に、短い文章を配したというもの。都市風景写真が、時には鋭い文明批評になり、あるいは一種のアブストラク…

川本三郎『きのふの東京、けふの東京』

『東京人』、『荷風!』、『東京新聞』。これは東京論三大メディアともいうべきもので、私はいずれも愛読している。この三つに共通の常連著者、というより看板著者の一人が、わが敬愛する川本三郎。川本には多数の著作があるが、本書はそのなかでも出色とい…

池内紀『東京ひとり散歩』

『中央公論』に連載していたエッセイを中心に、『東京人』に書いた二篇を加えてまとめたもの。池内紀センセイが、兜町から霞ヶ関、向島、両国、浅草など、都内各地を散歩しては歴史と大衆文化、そして最近の世相に思いをめぐらす企画である。 もとより、中公…

坂崎重盛『東京読書』

『環境緑化新聞』という業界紙に連載されている東京本案内をまとめたもので、『東京本遊覧記』の続編。「少々造園的心情による」という副題がついているが、著者は、かつて造園を学び、公務員として造園にかかわったことがあるとのこと。扱われる本は文学を…

藤木TDC/イシワタフミアキ『昭和幻景』

文を担当している藤木は、『東京裏路地“懐”食紀行』などの著書があり、ヤミ市起源の飲食店街を精力的に取材していることで知られる異色のライターである。これまでの著書は、「食」に重きをおいていて、戦争直後の雰囲気をとどめる建物そのものには、あまり…

川本三郎『向田邦子と昭和の東京』

向田邦子は一九二九年生まれだから、ちょうど私の親の世代ということになる。まだまだ活躍していておかしくない年代だが、一九八一年、取材先の台湾で、飛行機墜落事故により急逝。本書は彼女の作品の数々を「昭和」「東京」を切り口に解読していくものであ…

秋本治『両さんと歩く下町』

先日読んだ『東京深川三代目』で、この著者の下町への愛着と見識が分かっていたので、そういえばこんな本もあったなと、手に取ってみた。これが、なかなか面白い。ありきたりの下町本などより、ずっといい。 まず、下町の風景を克明に描いたペン画がすばらし…

秋本治「東京深川三代目」

先日読んだ『昭和マンガ家伝説』で、平岡正明が激賞していたのがこれ。近所の古本屋でたまたま売っていたので、買ってみた。 たしかにこれは、いい作品である。深川にある立花工務店の孫娘・静は、子どものころから祖父の仕事現場に入り浸り、将来は大工にな…