橋本健二の読書&音楽日記

日々の読書と音楽鑑賞の記録です。

ザルツブルク音楽祭2012 ラトル/コリンズの「カルメン」

classingkenji+books2012-09-09

今年のザルツブルク音楽祭、「魔笛」に引き続いて八月二五日に聞いた二つ目のオペラは「カルメン」。演奏は、サイモン・ラトル指揮のウィーフィルとウィーン国立歌劇場、演出は英国人のアレッタ・コリンズ。人気の公演だったらしく、終了後にたまたまビアレストランで居合わせて言葉を交わしたドイツ人らしいご婦人によると、あっという間に売り切れたので見に行けなかった、あなたはラッキーだ、とのこと。ネット予約だったので、とくに苦労しなかったのだが。
時代設定は、おそらく第一次大戦の頃。適度に近代的で無理のない設定ではあるのだが、その分、地味にならざるをえない。しかもリアリズムを旨とした舞台装置で、一幕は殺伐とした工場の内部、三幕は地下のトンネルといように、目を引くような華やかさがない。これはこれでいいのだが、このオペラには華やかさを求める向きも多いだろうから、期待はずれ感を抱く人もいるだろう。ただし、本職のダンサーが多数登場して、舞台とピットの手前に設けられた通路を縦横に走り回り、この点では楽しませてくれた。
カルメン役のマグダレーナ・コジェーナは、リート歌手として活躍しているだけに表情は豊かだが、大向こうをうならせる華やかさには欠ける。これに対してミカエラ役のジェニア・キューマイヤーは、まさしくグランドオペラのソプラノで、カーテンコールでは一番の歓声を受けていた。他の歌手もそれぞれに好演していたが、エスカミーリョ役のコスタス・スモリジナスは堂々とした立ち振る舞いはいいとしても、低音のボリュームに欠けていたのが残念。
四幕は闘牛場の場面だけに華やかで、大いに盛り上げてくれたが、カルメンの立ち振る舞いには疑問が残った。ここは徹底して毅然とした態度の欲しいところなのに、ホセに押しまくられ、時には未練を残すような仕草も見せる。カルメンはそんな女ではあるまい。
ラトルの管弦楽は、整理された音響で、ときおりモーツァルトのようにも聞こえた。逆にいえば、ラテン的熱狂には欠けていて、評価が分かれよう。すでにいくつか出ていた批評にも、煙と炎に欠けるとか、地中海的でないといったものがあった。しかし、リアリスティックな演出とはマッチしていて、これはこれで一つのスタイルだろう。ちなみに、ラトルはベルリンフィルとこの曲を最近録音し、近日中に発売されるはず。歌手は、今回の顔ぶれと重なっている部分が多いようだ。