橋本健二の読書&音楽日記

日々の読書と音楽鑑賞の記録です。

ザルツブルク音楽祭2018 ウエスト・イースタン・ディヴァン・オーケストラ

classingkenji+books2018-08-18

2016年に続いて、音楽祭にやってきた。最初の夜は、ダニエル・バレンボイム指揮のウエスト・イースタン・ディヴァン・オーケストラ。イスラエルパレスチナアラブ諸国の若者たちからなるこのオーケストラは、1999年にエドワード・サイードバレンボイムによって設立された。実演を聞くのは、今回が初めて。
前半はチャイコフスキーで、1曲目は「エフゲニー・オネーギン」第3幕からポロネーズ。技術的には荒削りだが、若い力の溢れるこのオーケストラにはうってつけで、大いに盛り上がる。2曲目は、リサ・バティアシュヴィリソリストに迎えての、バイオリン協奏曲。バティアシュヴィリを実演で聞くのは初めてだが、弱音を見事に歌わせる演奏は、CDで聞く以上に素晴らしい。表情豊かだが、リズムと構成感を失わないところがいい。彼女の美質はとくに1楽章で発揮されたようで、終わったとたんにたまらず何人かが小声でブラボーとつぶやいたのに続いて、曲の途中にもかかわらず盛大な拍手が始まった。音楽通の聴衆の多いザルツブルクでは、珍しいことだ。曲の内容からいって、やや単調な2楽章と3楽章は彼女向けではなかったかもしれないが、十分に素晴らしい演奏で、終わったあとはブラボーの嵐だった。
後半は、ドビュッシーの「海」と、スクリャービンの「法悦の詩」という、20世紀初頭の傑作交響詩2曲。東と西の、性質のよく似た交響詩という意味でも、おもしろい選曲である。いずれも技術的に苦しい部分は多かったが、バレンボイムの熱意あふれる指揮が、オーケストラの力量を120%引き出したようで、充実した演奏。以前、シカゴ交響楽団で聞いたときの、オーケストラの力量に頼っただけのまったく工夫のない指揮とは対極の、いい演奏だった。
アンコールは、エルガーエニグマ変奏曲から、ニムロッド。選曲からいっても、また思い入れたっぷりの演奏ぶりから見ても、明らかに中東紛争の犠牲者への鎮魂の意図が込められていた。終わったあとは、場内総立ちの拍手の嵐。ザルツブルクの聴衆が、このオーケストラの政治的意味をよく理解し、演奏者たちに敬意をもっていることがよくわかった。はっきりいって、バレンボイムはあまり好きな音楽家ではないのだが、尊敬できるところのあることを知ったコンサートだった。(2018.8.17)