橋本健二の読書&音楽日記

日々の読書と音楽鑑賞の記録です。

ザルツブルク音楽祭2018 歌劇「スペードの女王」

classingkenji+books2018-08-19

音楽祭の2日目は、マリス・ヤンソンスの指揮、ハンス・ノイエンフェルスの演出、ウィーン・フィルの管弦楽で、チャイコフスキー作曲、プーシキン原作の歌劇「スペードの女王」。
ノイエンフェルスの演出は、冒頭から驚きの連続。少年合唱団は檻に入れられたまま、調教の女性たちに連れられて登場し、これに続いて登場するのは、肩から巨大な乳房をぶら下げた女性たち。少年たちは檻から出されたと思えば、調教の女性たちに紐でつながれる。快晴の場面で登場する合唱団は、世紀末ヨーロッパの海水浴客姿。そして合唱の賛美に乗って登場する女帝エカテリーナは、なんと宝石できらびやかに飾られた骸骨だ。ザルツブルクでは最近よくあるように、直方体の舞台装置を多用し、装置も人も、舞台を左右に動くコンベアに乗って動く。壁にはしばしば、抽象的な模様や風景が投影され、最終場のヘルマンが賭博に負けるシーンでは、ヘルマンを欺いた伯爵夫人の顔が大写しにされる。始まってから30分も見れば奇抜さにある程度まで慣れてしまうが、長大な歌劇を最後まで飽きさせない演出だった。
しかし、最後まで観客を飽きさせなかったのは、実際にはヤンソンスの見事な指揮である。私の席は前から6列目のいちばん左で、指揮者の横顔がよく見える位置だったので、ときおり意識的に舞台から目を離して、ヤンソンスの棒に見入っていたのだが、そうすると音楽の流れがよくわかった。繊細かつ緻密、しかも表情豊かで自由自在に音楽を奏でる弦楽器群は、かつてのロイヤル・コンセルトヘボウそのもののようでいて、これに重厚さが加わっている。管楽器群は、コンセルトヘボウほどの華麗さには欠けるが、全体としての一体感は素晴らしい。
歌手では、白い衣装の印象的なリサ役のムラヴェーヴァが全体を引き立て、ジョヴァノヴィッチが、ダメ男でありながら変な色気のあるヘルマンを好演。エレツキーを演じたゴロヴァテンコは、第2幕のアリアが素晴らしかった。その他の歌手も、演出のおかげでそれぞれにキャラクターが際立ち、生気ある演技と歌を繰り広げた。ちなみに席は、高い方から3番目で260ユーロ。ヨーロッパの音楽祭としては高い方だと思うが、得がたい経験をしたのだからお買い得、と思っておこう。(2018.8.18)