橋本健二の読書&音楽日記

日々の読書と音楽鑑賞の記録です。

吉見俊哉『ポスト戦後社会』



 岩波新書の『シリーズ日本近現代史』全9巻の最終巻にあたる一冊。ここでポスト戦後社会というのは、著者によると、高度成長の終わった1970年代後半以降の社会のことである。70年代初めまでは、アジア規模でみるならいまだ「戦時」であり、日本も総力戦体制の延長上にあった。これを脱却して、生活世界の存立機制が「理想」と「夢」から「虚構」へと転移するのが、1970年代だったというのである。

 著者は私とほぼ同世代の社会学者だが、こうして「ポスト戦後社会」とは、私たちの世代が社会のできごとに目を向け始めた以降の社会として定義されることになる。すでに、私の世代は歴史の生き証人なのだ。感無量である。この時期区分自体に、さほど異論はない。ただし、「夢」と「虚構」の対比や、「夢」の時代を最後を象徴する存在として永山則夫を取り上げるところなど、見田宗介色が濃厚。社会の実体面の把握は、グローバリゼーション、少子高齢化、情報サービス産業などと平凡である。もう少し構造的な把握ができないものか。

 第1章が「左翼の終わり」であるのが、ユニークでもあり、また本書の欠点でもある。日本の左翼運動は、教条的マルクス主義の影響力の強さや、丹頂鶴的またはカルト的組織構造など、世界的に見るとかなり特殊で、その終わりをもって「左翼の終わり」というのは、表層的な理解だろう。そもそも連合赤軍事件をもって「終わり」の象徴とみなすのは、公安キャンペーン的な歴史観にすぎない。

 他の部分は、いい意味でも悪い意味でも教科書的である。現在の学生たちにとっては、すでに20世紀そのものが歴史だから、こういう本は読ませるのにちょうどいい。しかし中年以上の世代にとっては新しい発見がなく、とくに社会学者が書いたことの独自性が見出しにくい。学生には勧めたい本だが、それ以上のものではないといったところだろう。


ポスト戦後社会―シリーズ日本近現代史〈9〉 (岩波新書)

ポスト戦後社会―シリーズ日本近現代史〈9〉 (岩波新書)