橋本健二の読書&音楽日記

日々の読書と音楽鑑賞の記録です。

2008-01-01から1年間の記事一覧

森下賢一『居酒屋礼讃』

かつて毎日新聞社から出版された単行本に、大幅加筆して文庫化された。原著は、今日では花盛りの各種居酒屋本の元祖とでもいうべきもので、私も大いに参考にさせていただいたもの。とくに、客の社会的構成を服装から読み解くという手法は、ここから着想を得…

西健一郎『日本のおかず』

東京の日本料理では最高峰ともいわれる、新橋・京味のご主人が、家庭で作ることのできるお総菜を中心に解説した本で、かなり評判になっている。 レシピはシンプルで、理にかなっている。さっそく2種類ほど作ってみたが、レシピどおりにすると、意外に味が濃…

坂崎重盛『東京煮込み横丁評判記』

著者は墨田区に生まれ、大学で造園学を専攻し、長年にわたって自治体で都市計画に携わった人物。退職後はエッセイストとなり、『TOKYO 老舗・古町・お忍び散歩』『東京本遊覧記』などの著書がある。当代一の、東京街歩きの達人の一人といっていい。この著者…

ゲルギエフ/ロンドン響 マーラー 交響曲第3番

その後も何種類か聴いたが、いちばんの期待はずれはこの演奏。アンサンブルもテンポもぎくしゃくしていて、散漫きわまりない。第1楽章の金管など、まるで下手くそな軍楽隊だ。長大な最終楽章も、聞き手を集中させる一貫した流れに欠けている。 実は、ゲルギ…

村上春樹『もし僕らのことばがウイスキーであったなら』

この夏、アイラ島へ行って、何カ所かのディスティラリーを見学してきた。もともとアイレイウイスキーは好きだったのだが、それ以来ますます好きになり、今では食後から寝るまでの間の酒は、たいがいウイスキーである。ロックでなめるように飲む。これまでは…

三島由紀夫『青の時代』

原著は、1950年。光クラブ事件の山崎晃嗣をモデルにとった小説だが、さほど広く知られた作品ではないと思う。西尾幹二の解説にも、「傑作とも、問題作ともみなされることの少なかった作品」とある。読もうと思ったのは、主人公の犯罪観と、これにもとづいて…

『東京銘酒肴酒場』

居酒屋ムック『古典酒場』の、これまで発行された5冊の総集編ともいうべき居酒屋ガイドブック。ホッピーと酎ハイ、もつ焼きと煮込み系の下町大衆酒場を中心に、多数の店を紹介している。A4版と大きいので、開いて歩き回るには向かないが、飲みながら読むには…

朝日新聞社編『カイシャ大国』

1994年から95年にかけて、朝日新聞は「戦後50年」という連載記事を掲載し、95年に全5巻の文庫本として出版したが、その3巻目にあたるのが、この本。戦時下の家族手当の導入から始まり、電産型賃金に至る日本的な賃金体系の成立から始まって、「会社人間」の…

なぎら健壱『絶滅食堂で逢いましょう』

なぎら健壱が、古き時代の雰囲気を色濃く残し、いつ滅びるかわからない(ように思わせる)食堂・喫茶店・酒場を巡り歩くという、雑誌連載の単行本化。赤羽「まるます家」の女性店員たちがずらりと並んだ、表紙の写真が素晴らしい。奥には、なぎら健壱が何とも…

見田宗介『まなざしの地獄』

見田宗介の「まなざしの地獄」は、私の世代の社会学者には忘れることのできない名論考である。連続射殺事件の永山則夫のライフヒストリーに題材をとり、現代日本における階級の意味について論じたもので、永山則夫に関する文献の中でもトップにあげておきた…

ブーレーズ/ウィーン・フィル マーラー交響曲第3番

以前からバーンスタイン盤でときどき聴いてはいたが、いまひとつはっきり頭に入らないままだったのが、この曲。ところが、ザルツブルクでウィーン・フィルの演奏を聴いて、すっかり好きになってしまった。それで何種類か買い求めて聴いていたのだが、結局の…

矢野恒太記念会編『数字でみる日本の100年』

「日本国勢図会長期統計版」というサブタイトルがついている。題名以上に内容は豊富で、もっとも古いものでは1872年(明治5年)にまでさかのぼり、2005年までのデータを収録している。 この種の統計集は、「広く浅く」なので専門的な研究には役に立たない……と…

古谷三敏『BARレモン・ハート 24』

先日23巻を手に入れて読んだばかりだが、今度は24巻が出た。今回も13のストーリーを収めているが、酒に関するうんちくを生かした、おしゃれで知的な雰囲気のものが多い。 「島育ち」──登場するのは、「ザ・シックス・アイル」というウイスキー。スコットラン…

藤原新也『新版・東京漂流』(新潮社・1990年・621円)

必要があって、再々読。必読は、現実に起こった事件から題をとりつつ、この社会の随所にある階級的な侮蔑とルサンチマンを描き出し、これが通り魔事件を生み出すことを暗示した「偽作 深川通り魔殺人事件」という一文。今だからこそ、読まれなければならない…

赤塚行雄『戦後欲望史(全3巻)』

大学紛争の時代、何人かの教員が日本大学を去っているが、この著者もその一人で、その後は評論家として活躍した。まだご存命のはずだが、最近の活動は知らない。 本書は、私の理解では『青少年非行・犯罪史資料』(全3巻)とともに、著者の最大の仕事を構成す…

間庭充幸『若者犯罪の社会文化史』

著者は犯罪社会学者だが、いろいろな犯罪事例を取上げ、その時代の社会状況や時代精神と関わらせながら論じるという、やや評論めいた著作を書くのを得意とした。「アプレ人間」「管理社会」など、やや時代がかった用語が出てくるのは、この世代の社会学者し…

田村秀『B級グルメが地方を救う』

誰か、こんな本を書かないかと思っていた。書いたのは、田村秀さん。なるほど、地方行政のスペシャリストだし、全国を駆け回っているらしいから、適任である。 それにしても、ずいぶん回っていらっしゃる。富士宮の焼きそば、宇都宮の餃子、東松山のやきとり…

たくきよしみつ『デジカメに1000万画素はいらない』

デジカメの不毛な画素数競争が止まらない。コンパクトカメラのくせに1000万画素などという、無駄なスペックのカメラが横行している。 デジカメの標準的なCCDは数ミリ角しかない。画素の大きさは、1.7マイクロメートル程度である。可視光の波長は0.6マイクロ…

東直己『酔っ払いは二度ベルを鳴らす』

酔っ払いの生態をおもしろおかしく描いたエッセイというのは、昔から数あるけれど、これはその傑作の数々に連なる一冊。著者は、札幌に住みススキノで日々飲み歩いている小説家である。 エッセイのかっこうの題材になるのは「記憶喪失系」のエピソードだろう…

河上弘美『センセイの鞄』

2001年刊の文庫化。居酒屋が舞台で女性が主人公の小説ということで、読んでみた。一見したところ何でもない店だけど、居心地がよく季節の美味しいものを出す「いい居酒屋」の雰囲気は、よく描かれている。 しかし、40ちょっと前の魅力的な女性が70歳近いひと…

東野圭吾『容疑者Xの献身』

2005年刊の文庫化。映画化されて、ずいぶん評判になっている。主人公・石上のキャラがいい。理知的で暗くて純情。他人とは思えない(笑)。 これから読む人もいるだろうから抽象的に書くが、「対象のズレ」と「時間のズレ」がポイント。「時間のズレ」の方は見…

古谷三敏『BARレモン・ハート 23』

この作品、連載開始から20年以上経つが、ようやく23巻。粗製濫造はせず、良い水準を保っているといっていい。今回は、13のストーリーを収めている。 「予期せぬ掘り出し物」──アードベッグにこんな酒(セレンディピティ)があるとは知らなかった。いかにも松ち…

五十嵐仁『労働再規制』

政府の労働政策が、微妙に方向転換している。これまでは規制緩和一本槍だったが、格差批判やワーキングプアが増えているという指摘などを受け、規制を若干厳しくする方向に向かっているようだ。 この方向転換を「労働再規制」と呼び、その転換は2006年に始ま…

洋泉社ムック編集部『アキバ通り魔事件をどう読むか!?』

8月28日発行だから、事件から3ヶ月経たないうちに刊行されたことになる。まあまあのスピードといっていいだろう。短いもので3ページ、長いものでも10ページほどの小文を25編ほど収めていて、執筆者は、赤木智弘、雨宮処凛、吉田司、小浜逸郎、三浦展、東浩紀…

布施哲也『官製ワーキングプア』

公務員といえば、「身分が安定していて給料が高い」と脊髄反射的に考える人は多い。これは、事実に反する。公務員の給与は、民間企業の平均値をもとに人事院勧告で決められているのだから、高いはずがない。 高い部分があるとしたら、それは運転手や作業員な…

なぎら健壱『酒にまじわれば』

『朝日新聞』の購読を止めた。小泉改革礼賛、規制緩和推進の論調が目だった頃から、止めようと思ってはいたのだが、仕事に必要な情報があるのは事実なので、そのままにしていた。しかし今年、3ヶ月間の渡欧で止めたのを機に、そのままにすることにした。そう…

スティグリッツ『世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す』

ポール・クルーグマンがノーベル経済学賞を受賞した。私はもともと、ノーベル賞などというものは信用していない。受賞対象が、ノーベルとの遺言に基づいて「発見」に限定されているため、科学研究に歪みをもたらしたという批判がある。受賞者の誤った決定も…

東海林智『貧困の現場』

著者は毎日新聞社会部の記者だが、これは連載記事などをまとめたものではなく、書き下ろし。ちなみに著者の名前は「しょうじ」ではなく「とうかいりん」だとのこと。 この著者、なかなか熱血漢で、情にもろい。だから、生活保護申請の窓口で、役所の係員が申…

雁屋哲・花咲アキラ『美味しんぼ』102巻

以前、雑誌の連載の段階で取り上げた、父子の和解を中心とするストーリーで、一巻が埋め尽くされている。ゆう子の策略で、「究極」と「至高」が「どれだけ相手を喜ばせることが出来るか」をめぐって闘うことになる。こうして士郎は、雄山を喜ばせるための料…

魚住昭『野中広務 差別と権力』

自民党総裁選挙で、麻生太郎が当選確実と伝えられる。短命内閣に終わることは間違いないが、少なくとも一時期は、麻生が総理大臣になるわけである。しかし麻生はいろいろ爆弾を抱えている。自爆寸前といってもいい。その爆弾のひとつが、差別発言問題である…