橋本健二の読書&音楽日記

日々の読書と音楽鑑賞の記録です。

三島由紀夫『青の時代』



 原著は、1950年。光クラブ事件の山崎晃嗣をモデルにとった小説だが、さほど広く知られた作品ではないと思う。西尾幹二の解説にも、「傑作とも、問題作ともみなされることの少なかった作品」とある。読もうと思ったのは、主人公の犯罪観と、これにもとづいてアイデアを温めている「計量刑法学」なるものに興味があったからである。

 主人公によると、その社会を主観的幸福の平等が支配しているときは犯罪が起こらない。戦争中に都会の犯罪が激減したのは、犯罪のエネルギーが戦争にふりむけられたことに加えて、銃後の人々の間に「不幸の均一化」の幻想があったからである。そして、あるべき刑法の目的は「犯罪を常態と見て、この積極的解決によって日常生活の幸福の平等化をはかろうとする」ものである。もっとも、この主人公の犯罪観が、ストーリーに積極的に生かされているわけではないのだが。

 その他にも、唯物論に対する主人公の省察や、地方出身者が「東京のお嬢さん」に対してもつ憧憬など、私の研究テーマから見ておもしろい個所が少なくなかった。文学そのものより、敗戦直後の社会に関心のある人向き。


青の時代 (新潮文庫)

青の時代 (新潮文庫)