橋本健二の読書&音楽日記

日々の読書と音楽鑑賞の記録です。

文学・小説

小林信彦『日本橋バビロン』

小林信彦の三部作では、この作品だけ、途中まで読んで放置していた。改めて最初から通読。おそらく、三部作の中ではこれが最高傑作だろう。 「流される」は母方の祖父から説き起こされていたが、こちらは著者が二歳の時に亡くなった父方の祖父とその長男であ…

小林信彦『流される』

小林信彦には、戦中から戦後にかけてを中心とした自伝的作品が多い。これらには完全に小説の形をとったものもあれば、エッセイとして書かれたものもある。この作品は『東京少年』『日本橋バビロン』に続く「自伝的小説」三部作の完結編とのことで、事実を中…

前田愛『幻景の街 文学の都市を歩く』

前田愛の『都市空間のなかの文学』は、大著である上に、文学と都市それぞれのあまりにも細かな部分についての言及が多く、文学の素養のない私には読み切れない部分が多い。これにたいして本書は、著者自身の言によると前著が理論編であるのに対して実践編だ…

高杉良『生命燃ゆ』

会社の事業に命を賭ける企業戦士、というのは誉められたものではないけれど、これが理系の技術者となると、どういう訳か抵抗感が薄れる。「会社のため」というより、「産業の発展のため」、場合によっては「社会のため」という性格が多少なりとも強くなるだ…

斎藤美奈子『文学的商品学』

何度も書くが、私が逆立ちしてもかなわないと思っている書き手の一人が、斎藤美奈子。博識で毒舌。才気走った文体。毒舌以外、とても太刀打ちできない。本書は、この著者としては久しぶりという文芸評論だが、タイトルにある通り、「商品」に着目している。…

高見順『敗戦日記』

高見順は膨大な量の日記を残したが、このうち1941年1月から51年5月までの日記が『高見順日記』全8巻9冊として刊行されている。さらにこのうち、1945年の分を編集したのが、本書。元の日記が、この版では大幅に省略されている。途中に挟み込まれた新聞・雑誌…

橋本治「巡礼」

四大紙をはじめ、多くのメディアで絶賛されている小説。ちょっと興味があったので、読んでみた。 とある郊外の住宅地の一角、かつては商家で、今は初老の男が一人で暮らす家が「ゴミ屋敷」になる。周辺の住民は、ゴミの散乱と悪臭に悩まされ、市に対策を求め…

川本三郎『向田邦子と昭和の東京』

向田邦子は一九二九年生まれだから、ちょうど私の親の世代ということになる。まだまだ活躍していておかしくない年代だが、一九八一年、取材先の台湾で、飛行機墜落事故により急逝。本書は彼女の作品の数々を「昭和」「東京」を切り口に解読していくものであ…

『松本清張傑作短編コレクション 下』

三巻本の完結編。三章構成で、「タイトルの妙」「権力は敵か」に続いて、四人の松本清張賞受賞者の小文と、それぞれの推薦作(ただし「地方紙を買う女」は上巻に収録済み)が収められている。 「支払いすぎた縁談」は、没落豪農の社会的地位への執着が生んだ物…

『松本清張傑作短編コレクション 中』

宮部みゆき編集の2巻目。テーマは「淋しい女たちの肖像」「不機嫌な男たちの肖像」の2つ。宮部によると、夢が破れ己の居場所を失ったとき、女は不幸になるが、男は不機嫌になるのだとのこと。淋しいと不幸はちょっと違うが、別のところでは「運命に対して受…

『松本清張傑作短編コレクション 上』

空き時間を使って、松本清張を少しずつ読んでいる。何といっても、高度成長期を代表する作家だ。 宮部みゆきの編集したこの傑作集は、全3巻。全短編の中から、いくつかのテーマを設定して配列されたもので、上巻のこの一冊は「巨匠の出発点」「マイ・フェイ…

太宰治『斜陽/他』

華族は、明治維新直後の1869年、従来の公卿と大名を、士族や平民より上の貴族的階級に位置づけるものとして設置され、さまざまな政治的・経済的特権を与えられていた。 士族が早い時期に特権を失い、単なる戸籍上の呼称となっていたのに対し、華族は貴族院議…

三島由紀夫『青の時代』

原著は、1950年。光クラブ事件の山崎晃嗣をモデルにとった小説だが、さほど広く知られた作品ではないと思う。西尾幹二の解説にも、「傑作とも、問題作ともみなされることの少なかった作品」とある。読もうと思ったのは、主人公の犯罪観と、これにもとづいて…

河上弘美『センセイの鞄』

2001年刊の文庫化。居酒屋が舞台で女性が主人公の小説ということで、読んでみた。一見したところ何でもない店だけど、居心地がよく季節の美味しいものを出す「いい居酒屋」の雰囲気は、よく描かれている。 しかし、40ちょっと前の魅力的な女性が70歳近いひと…

東野圭吾『容疑者Xの献身』

2005年刊の文庫化。映画化されて、ずいぶん評判になっている。主人公・石上のキャラがいい。理知的で暗くて純情。他人とは思えない(笑)。 これから読む人もいるだろうから抽象的に書くが、「対象のズレ」と「時間のズレ」がポイント。「時間のズレ」の方は見…

十川信介『近代日本文学案内』

岩波文庫の別冊として刊行された、近代日本文学の解説書。時系列通史のような無味乾燥な構成ではなく、立身出世の欲望、異界と別世界への願望、交通機関と通信手段という、三つの柱を立ててテーマ別に近代文学の数々の作品を論じていくという構成がユニーク…

山口瞳『江分利満氏の優雅な生活』

原著は1962年。解説で秋山駿が著者のことを「当代きっての風俗画家」と評しているが、まさにその通りで、昭和30年代のサラリーマンの生態を見事に活写している。 たとえば、平社員と課長はどこが違うかと問を立て、「収入?ご冗談でしょう」と前置きした上で…