橋本健二の読書&音楽日記

日々の読書と音楽鑑賞の記録です。

阿刀田高「松本清張を推理する」



 阿刀田高は「松本清張小説セレクション」全36巻を編集しているくらいだから、その作品を熟知していることは間違いない。本書は新書サイズの作品論なのだが、タイトルに「推理する」とある通り、作品の成立に至った過程や、清張の意図についての推理があちこちにちりばめられていて、読者を飽きさせない。

 たとえばデビュー作の「或る『小倉日記』伝」について、これは森鴎外に関心をもっていた清張が、新聞社時代からかなり長くにわたって鴎外のことを調べるうち、田上耕作の存在に行き当たり、田上に自らを重ね合わせるなかから成立した作品である、など。ちなみに性格の似た作品である「菊枕」にはモデルがあるはずと思っていたが、実在の女流・杉田久女とのこと。清張ファンには周知のことなのだろうけれど、近代俳句にはまったく知識がないので、教えられた。

 全11章だが、それぞれで取り上げられる作品には、誰がみても代表作というものもあれば、そうでないものもある。前者では「点と線」ゼロの焦点」「砂の器」「日本の黒い霧」など。後者では、「無宿人別帖」「陰花の飾り」など。当然、読んだことのある作品を取り上げた章の方がおもしろいのだが、そうでない章も、作品を読まなければと思わせながら読み進ませる、文章のうまさがある。

 著者は松本清張の小説観について、「おそらく“小説とは、なんらかの謎を提示し、それを解き明かしていくものだ”」と考えていたのだろう、という。なるほど、そう考えると、清張の多彩な作品が統一された性格をもつものとして理解できる。これこそ、推理の極めつけである。


松本清張を推理する (朝日新書)

松本清張を推理する (朝日新書)