橋本健二の読書&音楽日記

日々の読書と音楽鑑賞の記録です。

秋本治『両さんと歩く下町』



 先日読んだ『東京深川三代目』で、この著者の下町への愛着と見識が分かっていたので、そういえばこんな本もあったなと、手に取ってみた。これが、なかなか面白い。ありきたりの下町本などより、ずっといい。

 まず、下町の風景を克明に描いたペン画がすばらしい。中川や隅田川など水辺の風景、下町の祭の賑わい、著者が好んで書く線路や踏切のある風景。そこに佇む両さんを描き込むことによって、写真ではできない下町の空気感を伝えている。文章の方は、おそらく協力ライターの霜月たかなによる部分が多いのだろうけれど、子どものころからの体験を交えた、暖かみのある下町論になっている。

 巻末には、何と山田洋次との対談があり、これがまた面白い。亀有に住んでいた秋本が子どものころ、目黒に住んでいた親戚のことを「東京のおばさん」と呼んでいたいうのは、当時の下町人の意識を知る貴重な証言だ。山田も触発されて、柴又は「下町」と「故郷」の両面をもつ土地だから、『男はつらいよ』の舞台に選んだのだ、という。これもまた、貴重な証言である。