橋本健二の読書&音楽日記

日々の読書と音楽鑑賞の記録です。

橋本治「巡礼」



 四大紙をはじめ、多くのメディアで絶賛されている小説。ちょっと興味があったので、読んでみた。

 とある郊外の住宅地の一角、かつては商家で、今は初老の男が一人で暮らす家が「ゴミ屋敷」になる。周辺の住民は、ゴミの散乱と悪臭に悩まされ、市に対策を求めるのだが、ゴミも私有財産だということでなかなか動いてくれず、ときおり保健所が消毒に訪れるだけ。

 男はなぜ、自分の家にゴミを貯め込むようになったのか。その秘密は、戦争直後からの男の個人史、そして都市郊外の戦後史に隠されていた。男は、荒物屋を営む両親の下で育った。商業高校卒業の後、いずれは両親の店を継ぐことを前提に、何人かの従業員を雇う荒物屋に住み込んで働くようになる。

 やがて周辺の農地は宅地化し、団地の建設も進んだ。商売は次第に時代に合わなくなっていく。道路の拡幅で、移転も余儀なくされる。男の弟は、大企業の工場へ一時間かけて通勤するようになる。若者たちの働き方も、大きく変わっていたのだ。男はサラリーマン家庭で育った娘を嫁に迎えるが、商家の文化にどっぷり浸かった姑とは肌が合わず、喧嘩が絶えない。やがて嫁は去り、弟も去り、両親も亡くなって、男は一人きりになった。

 地域社会の変貌と、家族の変貌。社会学者にとっては見慣れたテーマだが、これを小説にしたところが面白い。都市社会学者や家族社会学者なら、もっと多くの材料を盛り込んで、自分で書いてみたいという誘惑に駆られるかもしれない。戦後史を背景にした小説は少なくないが、人物でも事件でもなく、地域と家族の戦後史そのものを主題にしたところが新しい。結末がやや予定調和的にすぎるようだが、その分、読後感はさわやかである。


巡礼

巡礼