橋本健二の読書&音楽日記

日々の読書と音楽鑑賞の記録です。

高橋英之『日米戦争はなぜ勃発したか』


 「メシの問題から見た昭和史と現代日本」という副題がつく。その内容は、第1部の「戦争の原因は貧困、では貧困の原因は?」というタイトルに凝縮されている。

 これまでの代表的見解は、国内の人口増による貧困を重視するものと、階級格差の拡大による貧困を重視するものに分かれ、前者はマルサス的見解、後者はマルクス的見解とみることができる。しかし著者によると、このいずれかのみを原因と考えるのは間違いで、人口増が主因ではあるものの、階級格差がその影響を拡大したのであり、両者を考慮しなければならない。そして、この両者をともに重視するところから独自の見解に達したのが北一輝だとして、その先見性を高く評価する。さらに、北の思想に共鳴して決起した2・26事件の若手将校たちの呼びかけを昭和天皇が理解し、国内の改革に乗り出していれば、戦争を回避できたのではないか、と指摘したうえで、昭和天皇NHKのテレビドラマ「おしん」をみて「ああいう具合に国民が苦しんでいたとは、知らなかった」と側近に語ったというエピソードを紹介し、天皇は日本の現実を知らなかったために呼びかけに応じることが出来なかったのだと示唆する。あくまでも天皇主権を前提した議論だが、筋は通っている。もっとも、天皇主導の改革が成功したとして、その後の政治体制はどうなるのかという問題は残るが。

 理系研究者だという著者の論の運び方には、文化系の者からみると、資料の不足、先行研究への目配りの不足、これらに起因する論理の飛躍など、気になるところは少なくない。しかし、その骨太の論理は評価に値する。戦前期には、左右両派が階級格差に注目して、かたや社会主義革命、かたや国家主義と、別々の処方箋を描いていた。この時期の思想を階級という観点から再評価することは、大いに意義のあることだと思う。同じ作業は、北一輝のみならず、多くの思想家について行なわれる必要があろう。