橋本健二の読書&音楽日記

日々の読書と音楽鑑賞の記録です。

廣澤榮『日本映画の時代』

著者は、黒澤明成瀬巳喜男豊田四郎などの助監督を務めたあと、シナリオライターとして活躍した人物。シナリオライターとしては「サンダカン八番娼館 望郷」などを手がけているが、さほど多くの作品があるわけではない。しかし戦後映画史の生き証人として、何冊かの著作があり、これもその一冊。
取り上げられているのは、戦時下での国策映画、黒澤の「七人の侍」、成瀬の「驟雨」、豊田の「喜劇 駅前旅館」などで、制作過程が詳細に記録されているだけでなく、波瀾万丈のストーリーもあって、優れた記録であるとともにドキュメンタリー作品にもなっている。自身の経験と聞き取りにもとづく「東宝撮影所の1945」も、貴重な記録である。
成瀬巳喜男についてのエピソードの数々が、何とも面白い。職人肌の彼は、決められた日程で撮影をこなしていき、残業もなく、四時四五分には撮影を終わってしまう。そして撮影所前のレストランへ行くと、心得た店の人がコップ酒を持ってきて、このときちょうど五時のサイレンが鳴り響く。いつもコップ酒なのは、徳利での献酬が嫌いだからだとのこと。
成瀬の墓は、私の家の近くである。今度、コップ酒でも持ってお参りにいこうか。

日本映画の時代 (岩波現代文庫)

日本映画の時代 (岩波現代文庫)