橋本健二の読書&音楽日記

日々の読書と音楽鑑賞の記録です。

青木正児『酒の肴・抱樽酒話』



 原著は1948年と1950年で、これが一冊にまとめられたのが1962年、改版を経て文庫化されたのが、本書である。

 文学や歴史を専門とする人には、ときどき驚くほど博識な人を見かけるが、この著者などはその最たるものだろう。中国古典文学を専門としていたようだが、中国食物誌についてもいくつかの著作があり、本書はその精華ともいうべきもの。「市井の縄のれんというやつは好みません」という著者のこと、居酒屋についての話がないのは残念だが、その代わりに理想とするのは、自宅に「酒室」を持つことだという。その効用はといえば、酒の燗を台所に任せていれば主婦の不満の種になるからだとか。それは酒肴も同じことで、だとすれば自宅の外に「酒室」となる居酒屋を持てばいいではないかという気もするが、これは好みというものだろう。

 日本語では魚=肴であり、海の幸とその加工品こそが酒肴の中心だが、実は中国語の肴は肴の右に「殳」を付けたものが元の字で、これは畜獣の骨付きの肉のことだという。こんなところに、文化の違いが現れる。文化といえば「酒茶論」が面白い。上戸と下戸の論争を扱った本は昔からいくつもあるらしいが、その一つに『酒餅論』があり、餅に麺類と乾菓子が加勢した一軍と、酒に肴と鳥が加勢した一軍が対峙したところを、飯の判官が仲裁するという。まさに日本の食文化を象徴するようなお話である。紹介しているときりがない。読んでみてください。


酒の肴・抱樽酒話 (岩波文庫)

酒の肴・抱樽酒話 (岩波文庫)