橋本健二の読書&音楽日記

日々の読書と音楽鑑賞の記録です。

『九段坂下クロニクル』

東京・九段下に、今川小路共同建築、通称・九段下ビルという建物がある。1927年の完成で、築後80年を超える長屋形式の耐火建築だ。戦前から戦後へと、多くの物語を育んできたに違いない建物だが、これを共通の舞台としたオムニバスマンガが本書。全四編。出来には差があり、私の好みの問題もあろうが、戦前を舞台とした「ご飯の匂い、帰り道」(元町夏央)と、戦中から敗戦直後を舞台とした「此処へ」(朱戸アオ)がいい。前者は、中間階級に欧米文化が浸透し始めた頃の生活と格差をさりげなく描く。後者は、何かちゃんとした原作があるのではないかと思われるほどしっかりしたストーリーの傑作で、映画化に向きそう。力のある作者のように思うが、意外にも単行本は共著のこれ一冊しかないらしい。