橋本健二の読書&音楽日記

日々の読書と音楽鑑賞の記録です。

ザルツブルク音楽祭 クリーブランド管弦楽団コンサート

 今年のザルツブルク音楽祭に招かれた外来オーケストラのハイライトは、フランツ・ウェルザー=メストが指揮するクリーブランド管弦楽団のコンサート。プログラムは次の3つで、私が聴きに行ったのは、マーラー大地の歌」を中心とするプログラムだった。ちなみにテノールのボータは、病気というジョナス・カウフマンの代役である。

私の席は、2階の前から3列目の中央やや左より。日本のホールなら文句なしのS席だが、こちらではちょうど真ん中あたりの値段の席で115ユーロ(約18000円)。開演の20分ほど前にホールに入ると、団員の大部分が既に席につき、難しいパッセージを練習していた。直前までこれほど真剣に練習しているオーケストラをみたのは、シカゴ交響楽団以来である。
1曲目のメシアンは弦楽の入らない曲なので、クリーブランド管弦楽団の全体像をつかむことはできないが、クリアで力強い金管、明晰な打楽器、そして不協和音の最強奏でも濁らない音響など、その実力はうかがえた。日本人奏者が何人かいたが、チューバの杉山康人が健闘して過不足ない力演をしていたのが印象に残った。日本人の金管奏者、それもチューバ奏者が米国のメジャー・オーケストラで通用するというのは、一昔前には考えられなかったことだろう。
さて、メインの「大地の歌」。金管の序奏のあと、弦楽の全パートが登場。長年聞いてきた、あのクリーブランドの弦楽セクションの音である。ただし、ジョージ・セルの時代に比べるとやや細身になったのではないだろうか。金管も、技術的には完璧ながら、セル時代のライブ録音で聞くほどの力強さはないようだ。木管はそれぞれに健闘。とくに主席フルートのヨシュア・スミスの音は、長年主席を務めたモーリス・シャープの凛とした音にそっくりで、フルートソロの場面が来るたびに演奏が引き締まるように思えたのは、気のせいではないだろう。第6楽章の後半部分は、実に美しく純粋に音楽的な演奏で、ウェルザー=メストがCDで聞く以上に実力のある指揮者であることがうかがえた。ただしバリトンのキンリーサイドはやや問題ありで、見せ場でやや大きなミスをしたのが残念。これにたいしてテノールのボータは驚嘆すべき力演で、その堂々とした体格とともに、強烈な印象を残した。聴衆の反応は、熱狂的というほどではないとしても絶賛に近いものだった。
プログラムはこの日のコンサートの内容だけを収めたものが売られていて、1冊4.5ユーロ。クリーブランド管弦楽団の紹介に「ウェルザー=メストの指導の下で世界でもっとも評価されるアンサンブルのひとつになった」と、まるでクリーブランドの今日をウェルザー=メストが築いたかのような書き方がされているのは気になったところ。ひいき目にみても、ジョージ・セルの遺産をおおむね守り通しながら、繊細で清楚な響きという新しい要素を付け加えたというべきだろう。難しいとは思うが、ぜひ来日してほしいものである。(2008.8.25)