橋本健二の読書&音楽日記

日々の読書と音楽鑑賞の記録です。

廣澤榮『私の昭和映画史』

先日読んだ『日本映画の時代』が面白かったので、こちらも読んでみた。タイトルからみると、自身の体験をまじえながら、昭和映画史をある程度包括的に論じたもののようにみえるが、実際には半分以上が映画界に身を投じる前の生い立ちの記で、後半部分も、ほぼ自分の体験した範囲のことしか書かれていない。だから、具体的に出て来る映画は、「七人の侍」「泉へのみち」「日本の青春」などごく少数。
その点で物足りなく思う人もいるだろうが、これはこれで面白かった。小田原の漁村の苛烈な階級構造に触れた少年時代の思い出や、東京大空襲の日にたまたま出動命令を受け、列車で通りかかった有楽町の燃えさかる炎など、シナリオライターだけに、映画的な叙述で強い印象を残す。著者は小学生の時、福沢諭吉の『学問のススメ』を読んで、「進学したくてもできない人はどうなるのか」と疑問に思ったという。実に健全な感覚である。
監督になるチャンスを、二回にわたってみずから逃がしてしまった経験についても、率直に語られている。映画人として大成したとはいえないが、こんな人がシナリオを書いた映画なら、面白いはずである。今度は、意識してみてみようと思う。

私の昭和映画史 (岩波新書)

私の昭和映画史 (岩波新書)