橋本健二の読書&音楽日記

日々の読書と音楽鑑賞の記録です。

川本三郎『向田邦子と昭和の東京』



 向田邦子は一九二九年生まれだから、ちょうど私の親の世代ということになる。まだまだ活躍していておかしくない年代だが、一九八一年、取材先の台湾で、飛行機墜落事故により急逝。本書は彼女の作品の数々を「昭和」「東京」を切り口に解読していくものである。

 たとえば、「到来物」「しくじる」「お出掛け」「ご不浄」といった言葉の数々。鰺の干物、水戸納豆、豆腐と茗荷の味噌汁、蕪と胡瓜の一夜漬けなどが並ぶ伝統的な日本の朝食。山の手中産階級の家族関係と生活習慣。戦前から戦後の一時期までの、東京山の手の生活が、作品に写し取られている。ときおり、林芙美子などの作品のよく似た部分を抜き出してみたり、映画の一場面と比較したり。このあたりは、お手の物である。

 ただ、この著者の作品としては、珍しく完成度が低い。限度を超えて、記述の重複が目立つのである。しかも、わずかしかページが離れていない場所に、少し矛盾したことが書かれていたりする。たとえば、一九四ページには「寺内貫太郎一家」の舞台は谷中だが、谷中は深川などの下町とは少し違う、と書かれているのに、一九六ページになると、「寺内貫太郎一家」の舞台となった谷中は下町であると言い切っている。谷中は上野の丘から続く台地の上で、寺院の集中する場所だから下町とはいえないし、地形的にはむしろ山の手だ。川本三郎ともあろう人がこんなことを知らないはずはないから、おそらく寺内一家を下町の職人一家として描いた向田邦子の意図を考慮したのだろうけれど、読み手としては戸惑う。

 しかし昭和ブームといわれるこの時期、向田邦子に目を向けさせるとはさすがである。昭和の好きな人は、必読。


向田邦子と昭和の東京 (新潮新書)

向田邦子と昭和の東京 (新潮新書)