橋本健二の読書&音楽日記

日々の読書と音楽鑑賞の記録です。

島田裕巳『教養としての日本宗教事件史』



 私の『「格差」の戦後史」と同じく、河出ブックス第一弾の一冊である。この著者、そしてタイトルからは、創価学会統一協会、オウム、幸福の科学など、新興宗教新宗教の引き起こした事件の数々を網羅的に論じた本を想像する人も多いだろう。しかし、内容は意外に地味で、まさに教養書である。

 何しろ、書き出しは仏教伝来。そして大仏開眼、鑑真来日と続き、24章あるうちの10章に至っても、まだ織田信長比叡山焼き討ちである。12章でようやく近代に入り、靖国問題が登場するが、その後も廃仏毀釈や明治政府の神祇官の話が続き、ようやく通俗的な意味での「事件史」らしくなるのは、17章の天理教あたりから。それでも結局、オウムや幸福の科学などはほとんど出てこない。

 つまり、宗教を教義中心ではなく、社会現象としてとらえる視点からの、日本宗教通史である。これは、ある意味肩すかしだが、私にとってはうれしい誤算だった。前近代の部分は、著者としてもあまり得意分野ではないのか、近代以降を論じるときのような自在さに欠けるきらいがあるが、何しろ、勉強になる。江戸時代までの仏教史など、これで初めて分かった気になった。もちろん近代の部分にも、私鉄の開発と宗教施設の関係や、新興宗教に対する批判を一種の階級闘争としてとらえた部分など、思わず納得する指摘が多い。

 あとがきで著者は、この本の出版を「筆者にとって新たな領域に踏み出したことを意味する」としている。島田ファンはもちろんのこと、社会現象としての宗教に関心がある人なら、読んで十分ためになる本である。


教養としての日本宗教事件史 (河出ブックス)

教養としての日本宗教事件史 (河出ブックス)