橋本健二の読書&音楽日記

日々の読書と音楽鑑賞の記録です。

池内紀『東京ひとり散歩』



 『中央公論』に連載していたエッセイを中心に、『東京人』に書いた二篇を加えてまとめたもの。池内紀センセイが、兜町から霞ヶ関向島、両国、浅草など、都内各地を散歩しては歴史と大衆文化、そして最近の世相に思いをめぐらす企画である。

 もとより、中公新書にはあまりに合わない軽いエッセイである。しかもセンセイ、新しい東京はあまりお気に召さないのか、都心のビジネス街やインテリジェントビルが出てくる最初のあたりは、あまり面白くない。本人も、あまり面白そうではない。ところが本所から泉岳寺への義士ツアーのあたりから、がぜん面白くなってくる。

 自分の「最後の旅」の行方を思いながら、都内の火葬場を巡り歩くくだりは、爆笑もの。浅草橋の焼きとん屋でカフカの訳本のチェックをしていたら、酔っ払いに「カフカさん?」と声をかけられ、一冊進呈する羽目になったりするところも、面白い。文化人の多い高級住宅地として知られる文京区西片を通りかかると、新しい町会長を紹介する貼り紙がある。「東京大学文学部卒業、元学習院大学学長、専攻は中国古代史」。変わった町会もあるものである。東京の中心は空虚だと言ったのはロラン・バルトだとばかり思っていたが、ポール・クローデルがすでに戦前、「東京のまん中には大きな真空がある」と書いているとのこと。知らなかった。

 都心の書店では、新書の売り上げで上位に入っているようだ。


東京ひとり散歩 (中公新書)

東京ひとり散歩 (中公新書)