橋本健二の読書&音楽日記

日々の読書と音楽鑑賞の記録です。

ザルツブルク音楽祭 歌劇「ドン・ジョバンニ」

classingkenji+books2010-09-13

25日の夜は、モーツァルト・ハウスへオペラを見に行く。これは、今回のメイン・イベントの一つと言っていいだろうか。2年前にも同じ演出で上演されているから、音楽祭にとって新しい出来事というわけではないが、聴衆にとってはもっとも惹きつけられるプログラムの一つだろう。指揮はヤニク・ネゼ=セガン、演出はクラウス・グース。
斬新な演出で、舞台は20本ほどの大木が生えた小さな丘、ドン・ジョバンニは黒っぽいパンツにシャツというラフな服装、頭は一分刈りの不良中年、エルヴィラは町外れのバス停にたたずむやさぐれた孤独な女。ジョバンニは拳銃を持った騎士長に木棒で立ち向かい、勝ちはしたものの弾がかすって傷を負う。アンナは父親が殺された現場に、オッターヴィオの運転する自家用車で乗りつける。登場人物たちは林の中で転げ回り、時には倒れた状態で歌う。よくあんな姿勢で声が出るものだ。歌手は全員、優れた力量の持ち主で、特にレポレロとアンナは見事だった。2幕前半の退屈さは仕方がないが、騎士長の登場から結末までのフィナーレは圧倒的。この演出のもうひとつの大きな特徴は、ジョバンニが墓穴に倒れ込むところで終わり、あとの部分が省略されていること。クライマックスのままで終わったのは、好ましい判断だと思う。
しかし全体としては、この演出には少々無理がある。どうして、ただの不良中年に何千人もの女が陥落するのか。ツェルリーナには、私は城をもっている、一緒に暮らそうと歌いかけるが、なぜそんな人物が野宿同然の暮らしをしているのか。要するに身分制度という、目に見える舞台装置を越えた、高次の舞台装置を取っ払ってしまっては、ストーリーが成り立たないということである。
観客は、タキシードやイブニングドレスの着飾った人が多く、日本人の若者だってダークスーツを着ている。綿パンにジャケットという私など、もっともラフな服装の部類だった。ザルツブルク音楽祭ブルジョア的という声を聴くことがあるが、その性格がもっともよく表われたコンサートだったといっていいだろう。
ちなみに、同じ演出で行われた2008年の公演が、DVDで発売されている。
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