橋本健二の読書&音楽日記

日々の読書と音楽鑑賞の記録です。

藤木TDC『場末の酒場、一人飲み』

著者は、私の命名するところ、「ヤミ市ルポライター」である。ヤミ市起源の飲食店街や商店街、ほとんど廃墟と化したその名残などを、執拗に追いかける。たんに眺めるだけでなく、その歴史についても資料を渉猟する。本書は、その取材・研究の成果をコンパクトにまとめた上に、居酒屋紹介をちりばめたもの。
著者のいう「場末」とは、家庭や仕事から遠く離れて一人になれる場所のことだが、離れるといっても、それは物理的距離である必要はなく、観念的・抽象的距離でもよい。だからビルの谷間の大衆酒場だって、場末の酒場になりうる。戦後の露店整理や工場街の盛衰、高度成長期の開発の跡を、場末の酒場に見ていく著者の足取りは、楽しくももの悲しく、東京の戦後史の隅を垣間見るスリルに満ちている。大衆酒場を愛する人はもちろん、東京論に関心のある人の必読書である。

場末の酒場、ひとり飲み (ちくま新書)

場末の酒場、ひとり飲み (ちくま新書)