橋本健二の読書&音楽日記

日々の読書と音楽鑑賞の記録です。

前田愛『幻景の街 文学の都市を歩く』

前田愛の『都市空間のなかの文学』は、大著である上に、文学と都市それぞれのあまりにも細かな部分についての言及が多く、文学の素養のない私には読み切れない部分が多い。これにたいして本書は、著者自身の言によると前著が理論編であるのに対して実践編だとのことで、実際に作品の現場を歩いてみるという趣向だから、大変分かりやすく、興味が尽きることがない。
鴎外『雁』の精密な読みとこれに劣らず緻密な観察、金沢の都市構造を見事に剔抉した鏡花『照葉狂言』、昭和初期の浅草の匂いを立ち上らせる川端康成『浅草紅団』など、乗り越え不可能とも思える知的営為と都市への嗅覚の鋭さを感じさせる。まだまだ取り上げるべき作品は多いというのに、この後を継ぐ人は現れるのか。都市と文学に少しでも関心があれば必読。

幻景の街―文学の都市を歩く (岩波現代文庫)

幻景の街―文学の都市を歩く (岩波現代文庫)