桑原甲子雄『私の写真史』
桑原甲子雄という写真家は、その七〇年以上にもわたるキャリアを通じて、東京の姿を執拗に追いかけ続けた。何か独創的というわけではなく、ともかく継続の力を感じさせる作品群を残した。ここから何となく、インテリでも天才でもなく、職人肌の人物かと思っていた。
ところが、本書を読んで驚いた。たいへんな知識人であり、理論家である。たとえばファシズムに染められていた戦前の自分を振り返りながら、そこに橋川文三の保田与重郎論を重ね合わせていく。川端康成、高見順、永井荷風、久保田万太郎などを論じ、外からやってきた人々であり、下町に生まれ育った者の観念や生活の方法とは無縁だと切り捨てる(万太郎は浅草生まれだが)。マルクーゼとポパーの対談を引きながら、反体制の写真家たちの作品を論じる。「撮られ方の歴史」という一文などは、被写体の側から論じた独創的な写真史である。
この写真家に対する見方が、がらりと変わった。現在は、古書でしか入手できない。写真集も、入手しにくいものが多い。入手しやすいものを一冊だけあげるなら、『東京下町1930』だろうか。
- 作者: 桑原甲子雄
- 出版社/メーカー: 晶文社
- 発売日: 1976
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- 作者: 桑原甲子雄
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2006/11/21
- メディア: 大型本
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