橋本健二の読書&音楽日記

日々の読書と音楽鑑賞の記録です。

松山巌『路上の症候群』

松山巌の仕事Ⅰ/Ⅱ」という副題付きで、二〇〇一年に出版された二巻本の一冊目。著者は東京芸大建築学科を出て、建築事務所を営んだ後、文筆業に転じた人。いちばん有名な著作は、『乱歩と東京』だろうか。そのため建築論・都市論のイメージが強いが、小説も書く。本書には、主に建築と都市について論じた文章が集められている。
この人の書くものには、独特の雰囲気がある。都市の名もなき者たちへの共感、滅びゆくものを前にした哀感、忘れられた者どもが忘れられたことに対する抗議。そんなところだろうか。
たとえば、犯罪現場となった鷺宮を歩き、モダンな洋風建築がまばらに立つ土地だったこの町が、木賃アパートに蚕食されていったこと、その過程で人々の五感が変質していったことを論じる。都市外周部を訪れ、高度成長期にミニ開発で生まれた「マッチ箱団地」のその後や、都心から半径四〇キロの外周部に少年犯罪が多発する空間構造を論じる。さらに日比谷焼き討ち事件を期に旧下町から新下町へと追いやられた工場と労働者が、今さらに外へと追いやられる現状を描く。
 博識で文章に力があり、都市へ向けられた視線の粘りつくような強さが印象に残る。ちなみに『手の孤独、手の力』と題する二冊目の方は、作家論や哲学的なエッセイが中心で、私にはあまりおもしろくなかった。