橋本健二の読書&音楽日記

日々の読書と音楽鑑賞の記録です。

濱谷浩『市の音 一九三〇年代・東京』

濱谷浩は、一九一五年に生まれ、一九九九年に没した写真家。東京生まれの多くの写真家と同様、下町・下谷区車坂の生まれである。一九一三年生まれの桑原甲子雄とほぼ同時期に、同じ町で生まれたわけである。写真に民俗学的な視点を持ち込み、「日本常民の心」(渋沢敬三による)を表現したと評されるが、この写真集は東京の物売りの姿を捉えたもの。全体は、浅草蔵の市、世田谷ボロ市葛飾八幡宮農具市、辻売りと看板、の四つの部分からなる。
私の興味からいうと、都心の商店街で撮影された「辻売りと看板」がなんといっても面白い。書名にもあるように、濱谷の作品は人間の営みをストレートに表現し、そこに物音や声を感じさせるところにある。この部分に収められた一連の作品からは、一九三〇年代・東京の、雑踏、物売りの鉦や太鼓の音、都電、自動車や自転車の走り去る音、そして一歩裏手に入った商店街の静かな生活音などが、はっきり感じられる。
こういう写真集をいろいろ見ていると、データや資料から当時の社会の様子を推測するための勘が鍛えられる気がする。社会科学者にとって、写真集が有用なゆえんである。

濱谷浩写真集 市の音 一九三〇年代・東京

濱谷浩写真集 市の音 一九三〇年代・東京