橋本健二の読書&音楽日記

日々の読書と音楽鑑賞の記録です。

安田武『昭和 東京・私史』

著者は一九二二年東京の巣鴨に生まれた。思想の科学研究会会長で、文筆家。本書は子ども時代から日米開戦までの、東京にまつわる思い出を綴ったものである。
印象深いのは、結核で若くして死んだ人々の思い出。とくに、幼稚園の柴崎先生、白木屋店員時代に若き会社社長に見初められ、自宅へ花嫁修業に来ていた女性、そして小学校でいちばんの美人だった内山千寿子。美人薄命といえばいかにも紋切型だが、といいつつ、著者の筆には思慕がにじむ。
ときおり、当時の東京の格差構造についての言及もある。著者によると、戦前の避暑地には三つの階級があった。華族様や大ブルジョワは軽井沢。山の手の人々湘南。そして下町の商人たちは房総。前の二つは自分の別荘だが、房総は農家や漁師が夏の間だけ母屋を貸し別荘に仕立てたものだったという。
父親は山の手趣味の人物だったが、母親は下町気質で、そりが合わない。母が「蹴ッ贋いて、膝ッ小僧を……」などというと、父は苦りきった表情で「贋いて膝を、といえばわかる」と叱っていた、という。そして武少年は、学校では、お前、オレなどとべらんめえ言葉を操るが、家へ帰れば、君、ボクになるというふうに「二重人格」を演じていたという。
 酒の味をおぼえはじめた中学生時代のエピソードも面白い。従姉妹相手に、銀座のどこの店が旨いなどと食通ぶる武に、叔父が言ったことには「銀座のどこの何が旨いなンてこたア、どなたもご存じさ。雷門から田原町に並んだ屋台の、一軒一軒の何が旨いか、これがわかるようでなくちゃあなア……」。その後、武は「毎夜、浅草へ通いつめ、天ぶら、おでん、鮨、やき鳥、数十店余に及ぶ「屋台」を、片っ端から食べ歩いた」とか。新中間階級が下町風俗にエキゾチズムを感じ、特権的知識のカタログに登録するというようなことが、当時からあったようだ。戦前東京の空気をよく伝えてくれる好著である。