橋本健二の読書&音楽日記

日々の読書と音楽鑑賞の記録です。

永井荷風を読む1

英国にいて、なぜこんなものを読むのかと思われそうだが、逆にいえば、日本にいるときは、他に読まなければならない本がたくさんありすぎて、なかなか読めないのである。どこか山奥の別荘でもあれば、読めるのかもしれないが、そんなものは持ち合わせていない。荷物にならず、時間をかけて読めるものをと考えた末、選んだのが永井荷風だったのである。
まずは、川本三郎が編集したこの一冊。随筆が主だが、短編小説もいくつか収められている。「荷風と東京」をテーマとした文章のセレクションがよく、解説がまたいい。
冒頭におかれたのは、1911年の「深川の唄」。ある日荷風は、都心で両国行きの混雑する電車に乗るが、停電で電車は止まり、前方には同じく止まった電車が列をなしている。不揃いで貧相な西洋造りの建物、縦横に走って眺望を妨げる電線、丸太の電柱と色の悪いペンキ塗りの広告の数々。そんな都会の風景に嫌気がさし、荷風はこう思い立つ。「浅間しいこの都会の中心から一飛びに深川へ行こう──深川へ逃げていこう……」。今日まで続く、東京人の下町への憧憬の原型がここにある。

荷風語録 (岩波現代文庫)

荷風語録 (岩波現代文庫)